あなたが貰ったら、あなたが分けて届けたら
盛岡で学用品の支援物資を被災地に向けに仕分け、送り届けている岩手大学の梶原先生よりのメールです。
想いをもって物を送るだけでなく、支援とは何かを考えて今後につなげるためにもお読みください。
ご本人の了解を得ました。
ーーーーーー転載歓迎ーーーーー
岩手大学の梶原です。
しばらく黙っておりましたが、被災地にある方々は通信ができない状態ですし、言いにくいことであろうと思い、口を開くことにしました。
私は、ある団体に所属し、学用品を集め、岩手県の窓口と、依頼のあった学校や教育委員会にそれらをきちんと仕分けしてお送りする活動を、4月7日まで行ってきました。
もう阪神・淡路で言い古されたことですが、やはり、廃品回収に近いお考えの方々がたくさんいらっしゃり、いただいた物資の中には、とても提供できないものがたくさん含まれています。
家で長年使っていなかったものは、被災地の方にとっても同じことで、使えません。また、学用品の一部には、学校に持って行ってはいけないものがあり、だからこそ、家でも余って使われて来なかったのです。
被災者からは、皆さんの善意で生かされている事は感謝するものの、こういうものにまみれると、施しを受けている自分の状態を思い、悔しくて悔しくて眠れなくなる、という声もいただいています。
「まだ使えるかもしれないから、よかったら使って欲しい」といって送られるものが一番困ります。あなたが使わないものは人にあげない。これが基本です。
私たちの活動で一番困った団体は、実はPTAと生徒会などの学校に関係する団体です。
小さくなって真っ黒のままの消しゴム。革がはがれてボロボロになって、埃まみれのままのランドセル。書けないボールペン。古い時代の記念品や企業の販売促進用のとても使えない文房具セット。触るのも嫌になりそうなクレヨン。
ダンボール箱を開けてみたら、こういうものが満杯に入っていて、びっくりすることがたびたびありました。
これらの団体は、必要品リストにないものや、使えない物品を持って来たメンバーに、それらを持ち帰らせることが往々にしてできません。そして、そのまま被災地に送ってくるのです。被災地では、ただでさえ家や施設が流され、街は泥だらけで、置き場所がありません。したがってそれらは避難所に置かれることになりますが、それらが避難所を狭くし、住環境をひどいものにしています。それがストレスになり、避難者同士のいさかいにつながっていきます。
どうか、まとめ役の方々は、情報を統一し、心を鬼にして(?)、不必要なものを送らないよう、一次仕分けをお願いします。
ちなみに私たちは、鉛筆も濃さで仕分けしてお送りしました。10万本はくだらないでしょうか。これらを一次仕分けしてお送りくだされば、時間と労力を他に割くことができます。もしこれがこのまま被災地に送られたらどうなっていたでしょう。生活するのに必死な被災者の方々やその周辺で支える方々の労力を使ってしまうことになるのです。
基本は、自分の子どもや孫に、誕生日プレゼントをするレベルのものをお送りいただきたい、ということです。つまり、新品です。新品なら余ってもなんとかなります。チャリティーバザー等で、義援金に変えることもできます。
現地では、新品はおろか、店も流されて無くなっていますし、お金があっても家も車もありませんから、買物ができないのです。ここが、神戸と一番違うところです。内陸の町と沿岸の町は、100km以上離れ、間には北上山地があります。歩いて買物に行くということができない地域なのです。
どうか、あなたのお子さんたちに差し上げるような新品を、被災地の子どもたちにもプレゼントしてあげてください。他の物資も同じです。
被災者に寄り添うということは、自分の大切なものを喜んで差し出すということです。不要だから、余っているから、まだ使えそうだから、と、お送りする行動の中には、善意はあっても寄り添う気持ちはないと思います。
ESDの実践者にはこういう方はいらっしゃらないと思いますが、やはり集団になるといつもの感覚が変わってしまいます。どうぞよろしくお願いいたします。
失礼しました。
-- 梶原昌五 岩手大学教育学部理科教育科 生物学教室