つながる:ソーシャルメディアと新聞/上 大震災きっかけに、双方向に強み発揮 活用法の模索続く
急速に普及するツイッターなどのソーシャルメディア。東日本大震災をきっかけに、新聞やテレビにも積極的に活用しようという動きが出てきた。即時性、双方向性など、協調してゆく意義は大きい。毎日新聞をはじめとする新聞社がどのようにソーシャルメディアと向き合い活用しているか。2回に分けて報告する。
【毎日 柴沼均、岡礼子、臺宏士】
◇「市民の声を中央に」--河北新報
東日本大震災では、宮城県の地方紙・河北新報社(仙台市)のシステムがダウン。インターネットのホームページが見られなくなった。だが、被災地の新聞社として早く、大量の情報を発信しなければならない。そこで威力を発揮したのがツイッターだった。
同社の三つのツイッターアカウントで、ニュースや生活情報を流し続けた。特に重視したのは地方紙ならではのきめ細やかな生活情報。記者たちが震災翌日から自転車に乗って町を走り回り、「○○町のスーパーが午前中に開店した」など、目にした情報をすぐに流した。<河北新報がツイッターで怒濤(どとう)のように情報を流している>とネット上で話題になり、フォロワー(登録者)は発生前の4000人が5月には約7倍の2万7000人に膨れ上がった。読者からの質問には時間がかかっても、全部答えるようにしたという。
佐藤和文メディア局長は「日本でツイッターが普及して初めての大規模災害であり、ある意味、歴史をつくるという意識があった。偽情報が上がるなどというリスクも考えたが、やらない方のデメリットの方が大きい」と振り返る。
一方、同社のSNS「ふらっと」では、会員から自分の住んでいる地域の被災地情報が集まった。さらに、ボランティア情報のサイト「絆」を設け、地元の大学生と記者が一緒に避難所を回り新聞記事にするとともに、SNSで必要な情報を流した。ソーシャルメディアが新聞社と地域、ボランティアの3者を結びつける機能を果たした形だ。
震災から1年近くたったが、ソーシャルメディアの活用は続いている。佐藤局長は「被災地の市民の声が永田町や霞が関に届いていない。東北から情報発信したい人たちをネットワーク化して、コミュニケーションの場をつくりたい」と話す。その場を提供できるのが新聞社だ、という。
◇「補完しあう関係を」--朝日新聞
朝日新聞社は先月23日、同社のサイト「朝日新聞デジタル」で、社公認の記者ツイッターを公開した。公開しているのは18人(2月10日現在)で、社会部、スポーツ部、デジタル編集部などの中堅、ベテラン記者や特派員が実名でツイートする(つぶやく)。
全国紙で最初にツイッターを取り入れ、部署単位で計約50のアカウントを運営してきた。取材班がつぶやく「朝日新聞官邸クラブ」は「政府・民主三役会議が始まった」「大手スーパー会長と野田首相との会食が終了」など、永田町の動きを刻々と伝えてきた。開始当初は嫌がらせ投稿に悩まされたが、次第に収まったという。
今回の「社公認ツイッター」は実験的な取り組みで、橋本聡編集担当補佐は「震災で、ツイッターはその力を示した。ソーシャルメディアの世界に記者個人が入っていき、双方向の対話をしてほしい。紙の新聞、デジタル版で一方向に発信するだけではなく、ネット上の横の関係もつなぐことで、時代に即したジャーナリズムを追求したい」と意気込みを語る。インタビュー記事掲載前に、当日の写真を載せて告知したりするなど、新聞記者の生身の姿、取材過程をもっと見せてもいいという考えだ。
アカウントを公開した一人で、メディア担当の西本秀記者は「目の前にいる人に話すように、きちんと関係を築きたい。記事を書くように真剣に言葉を選び、社会人として、なるべく率直に考えを伝えようと思っている」と語る。また、新聞との連携の可能性については「記者が発信できる情報はもっとあるのに、今は社会に届いていないのではないか。ソーシャルメディアと補完しあう関係ができると思う」と話した。
担当者には研修をし、当面は少数の記者に限って行うという。
◇各社取り組みに温度差
NHKもツイッターに約90の公式アカウントを持っている。特に科学文化部は福島第1原発事故後、ツイッターで寄せられた質問にブログで答えるなど、分かりやすい解説が話題になった。また、フェイスブックにも対応している。
NHKは主に、視聴者が番組に参加するツールとしてソーシャルメディアを使っている。編成局の兄部純一編成主幹は「番組とは別に討論の場が生まれるのはいい。ツイッターで意見を募り、番組中に制作側が参加することも試行中だ」と話す。また、ニュースの関連情報や背景をつぶやく解説的な機能にも期待する。「経験ある編集者が書く必要があるが、マスコミだからこそできることではないか」(兄部編成主幹)
アカウントの管理は厳格だ。ツイッターはNHKの公式アカウントのみで、「業務」として、フォロワーやツイート数が少ない場合は廃止を勧告する。「肉声が垣間見えないと読む気がしない。ラインぎりぎりをつぶやくバランス感覚が必要だ。書き手の能力が問われる」(同)。定期的な研修も検討中。フェイスブックの番組ごとのページは審査した上で開設していく。
共同通信社は昨年9月にソーシャルメディアなど電子媒体の業務利用に関する指針を定めている。「読者や取材対象者から情報や意見を収集できる双方向性という利点があり、取材活動に必要なツールになりつつある」と明記。「責任者を設け、運用状況をチェック」「情報は正確に記述する」などとしている。その一方、「不正確な情報や不用意な記述が意図せぬ問題を引き起こす」と注意喚起している。禁止事項としては▽同社に帰属する情報▽政治的な意見の表明▽評価が分かれるような特定の事件、問題に関する個人の感想、意見--などを列記した。ただ、アカウントは取得しておらず、同社は「取材活動にどのように生かすかは検討中」としている。
読売新聞社は「ニュースの取材・報道に限れば、社としてソーシャルメディアは利用していない」としたうえで、「ネット上に許可なく業務情報を書き込むことを禁じたガイドラインはあるが、記者個人としてソーシャルメディアを利用する際のマニュアルなどは特に設けていない」(東京本社広報部)とした。
産経新聞社は、ツイッターなどの開設・利用についてはガイドラインなどを設けているとし、「記者ら社員の良識に任せている」とした。(次回は毎日新聞の取り組みを報告します)
◇「ソーシャルメディア」とは
140字以内の短文を投稿(ツイート=つぶやき)できるツイッターは、携帯電話やスマートフォン(多機能携帯電話)などで簡単にできるため、さまざまな現場からリアルタイムの情報を発信できる。さらに、他の利用者との交流もできるため、情報がまたたく間に伝えられていく。会員制のネット交流サービスSNSはネット上のコミュニケーションを重ねることで、友人知人だけでなく、同じテーマに関心がある人たちとコミュニティーをつくりやすい。フェイスブックもこの一種。ツイッターやSNSでは偽情報が広がったり、誹謗(ひぼう)中傷が行われるなどのリスクもあるが、メリットの方がはるかに大きいとの指摘がある。
毎日新聞 2012年2月11日 東京朝刊
つながる:ソーシャルメディアと新聞/下 「公開」「個性」「共感」重視して運用を
毎日新聞各本社で研究会
毎日新聞は14日、東京本社でソーシャルメディアを考える研究会を開いた。今後さらに東京本社で2回、大阪、福岡など各本社でも開き議論を深めていく。研究会の内容と毎日新聞がこれまで取り組んできたソーシャルメディアの活用について報告する。
◇求められる厳しい倫理観
研究会は冒頭、小川一・コンテンツ事業本部次長が「なぜ今ソーシャルメディアか」を説明し、毎日新聞の報道の特徴は「公開」「個性」「共感」にあるとの認識を示した。1976年開始の「記者の目」や96年の「記事の原則署名化」(個性)、89年の「容疑者呼称」の採用(共感)、00年の「『開かれた新聞』委員会」の設立(公開)など、他社に先駆けた報道改革の延長線上にあるのが、「公開」「個性」「共感」から成立するソーシャルメディアだと提起した。
積極的に活用するためにはその特性やリスクを知る必要があるとして、米ニュース編集者協会(ASNE)がまとめた「ソーシャルメディアのための10指針・ニュース組織のためのガイドライン」をもとに米国の実情について報告した。
この指針は米国のニュース組織Politicoのジェームズ・ホーマン氏がカンザス大学ジャーナリズム・マスコミュニケーション校とともに執筆した。
指針(1)は「伝統的な倫理綱領はオンラインでも適用される」。紙もネットも同様の倫理規範を持つべきだとしている。参考例としてワシントン・ポスト紙のガイドラインが挙げられている。同紙はネットへの投稿も「政治的、人種的、性差別的、偏向、えこひいきなど新聞の信用を傷つけることをしてはならない」としている。
指針(2)「オンラインの書き込みはすべて公になると考えよう」。参考例はロサンゼルス・タイムズ紙のガイドライン「オンラインもオフラインも記者の職業的な生活と個人の生活は関連している。どんな時にでも信頼性を維持する責任がある」が挙げられている。
指針(4)「ニュースを速報するのは、ツイッターではなく、ウェブサイトの上で」。日本では考えられないが、米国では所属する組織でのニュース配信より、自分のアカウントからの発信を優先する記者がいるようだ。デンバー・ポスト紙は「まずすべきは自社サイトでのニュース速報であり、ソーシャルメディア上ではない」、Politicoも「最優先は組織のサイトにニュース記事を書くことでありツイッターでの発信ではない」と記者に求めている。
指針(10)「ニュース組織内での協議事項や審議内容を機密にしておくこと」では「新聞編集の整合性が脅かされる可能性がある。編集会議の内容はツイッターの140字で説明するのは到底不可能であり、編集作業中の発信は物議をかもし摩擦を起こす危険がある」と指摘した。参考例としてワシントン・ポスト紙の「ニュースルームでの議論を発信してはならない。取材源、記事内容、会社のビジネス活動についても同じだ」を紹介している。
また、自らの体験からツイッター活用の際の留意事項についても提言。新聞社は公共に資する報道のためには、人を批判したり私的な空間に踏み込むこともありうる組織だと指摘した。それゆえ他の業種に携わる人よりもさらに厳しい倫理と規律が求められ、他人を非難・中傷するようなツイートは一切すべきではないとした。また、ツイッターは論争には向かないツールであり、論戦は控えるべきだとの認識を示した。
◇社名名乗る場合届け出必要
毎日新聞は従業員就業規則の中で「自己あるいは第三者のために会社を利用して私利をはかる行為」「業務上の機密をもらすこと」を禁じている。またガイドラインを設けて守秘が必要な業務情報を具体的に定めている。
ソーシャルメディアについて、社名を名乗って利用する場合は、所属長の承認を得た上で人事担当部長に届けることになっている。
◇多くの人と問題意識共有
元日からくらしナビ面で12回連載された「リアル30’s 働いてる?」取材班は、ツイッター公式アカウントを活用した。戸嶋誠司記者は「記事を軸にツイッター上に幅広い意見が飛び交い、多くの人と問題意識を共有できた。このライブ感は初めての体験だった」と語った。
紙面用に記事を用意し、ツイッター上で掲載を予告。紙面掲載前日の午後8時ごろ、毎日新聞のニュースサイト「毎日jp」に記事をアップ。直後にツイッターで記事リンクを紹介した。また、連載の狙いや取材・執筆にあたっての考えなどをツイートした。2週間でフォロワーは3000人を突破し、現在も活発な意見交換が続いている。
戸嶋記者は「最大の収穫は、記事への反応を多数の読者と同時に、目に見える形で共有できたこと。これまでは反応をメールやファクスで受け取るしかなかった。紙面とはまったく異なる双方向のルートが生まれ、読者同士のやり取りから新たなヒントを得ることもできた」と振り返った。
◇人間関係の構築に活用
運動部の百留康隆記者はフェイスブックの仕事上での活用法について報告した。ブログやツイッターなどと異なり、フェイスブックは実名が原則なため「友達」にならないとウオールが閲覧できない。このため、フェイスブック上での情報発信は限られ、私的なものが主だ。ただ、取材先で名刺交換した人をフェイスブック上で検索し、人間関係づくりに使っていることなどを報告した。
また、最近のスポーツ選手は、ダルビッシュ有投手のように、ブログやツイッター、フェイスブックで自ら情報発信するケースが増え、ソーシャルメディアが一つの情報源となることもある。百留記者は「フェイスブックは一度、友達になっていれば、その人の動向がインターネットやスマートフォンで分かることがあるので便利」と話した。
運動部内でも日本体育協会、日本オリンピック委員会の担当記者でグループを作り、メールとともに取材連絡などを回覧する使い方なども、フェイスブックの活用法の一つだと報告した。
◇ツイッター連動「RT」創刊
毎日新聞は10年6月、ツイッターと連動した日本で初めての日刊紙「MAINICHI RT」を創刊。読者と双方向で意見交換しながら、ツイッターに流れるユーザーの声をそのまま紙面に掲載するという新手法の新聞だ。首都圏で5万部を発行し、ソーシャルメディアとの新しい関係づくりを模索している。
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■編集者がソーシャルメディア・ポリシーを作るための行動指針
(1)伝統的な倫理綱領がオンラインでも依然として適用される
(2)オンラインの書き込みはすべて公になると考えよう
(3)ソーシャルメディアは読者との関わりのために使うべきだが、その利用はプロフェッショナル(専門的)であるべきだ
(4)ニュースを速報するのは、ツイッターではなく、ウェブサイトの上で
(5)どのように受け止められるかを警戒し、気を配ること
(6)ソーシャル・ネットワーキング・サイトで見つかったすべてのことについて、ひとつひとつ、信頼できることを証明すること
(7)常に自分がジャーナリストであることを明確にすること
(8)ソーシャル・ネットワークは道具(ツール)であって玩具(トイ)ではない
(9)透明性を確保し、もし誤りを犯したら、オンライン上でそれを認めなさい
(10)ニュース組織内での協議事項や審議内容を機密にしておくこと
(米ニュース編集者協会策定)
毎日新聞 2012年2月18日 東京朝刊