リオからの声
大きな後退、かすかな希望:「リオ+20」のこれから
古沢広祐「環境・持続社会」研究センター代表理事、「リオ+20」政府代表団NGO顧問)
各国代表による演説が続く中、国連持続可能な開発会議(リオ・プラス20)が終わりを迎えた。すでに前回の中間的途中報告のとおり、最終段階の合意文書では、92年地球サミット以来積み上げてきた様々な成果を確認し留意する記述が大半を占めており、新たな前進ないし現状打破の野心的な道筋は見出し難い内容となっている。各国の利害がぶつかる世界の厳しい現実への対応は棚上げされて、軍事・平和問題や原子力利用のリスク問題などはついに表面には浮上しなかった。その点だけ見てもリオ+20への不満はつきず、まさに大きな後退であり、20年前の「リオの希望」の灯火は消えかかっていると言わざるを得ない。
しかしながら、南北対立などの利害衝突で会議が決裂するといった最悪の事態は何とか乗り越えられた。その点では、人類は未来への希望をつなぎとめていると言っていいだろう。細かくは多少とも評価すべき合意内容はなされており、詳細については別(グリーンエコノミー・フォーラム;リオ+20ニュース等)に譲るが、とりわけ印象深かった希望の光とでも言えそうな注目点についてだけ記しておきたい。
グリーンエコノミーに関しては、先進国からの押しつけとして反発を招きがちであったが、持続可能な開発・発展目標(SDGs)に関しては取り組む方向性が提示できた点は評価したい。しかも、このSDGsを当初から提起しリードした国は、ブラジル・中国・インドといった新興国ではなくコロンビアとグァテマラ等であった。ミレニアム開発目標(MDGs)が、どちらかというと貧困削減など途上国の開発・発展を促す開発志向的な性格を帯びたものであるのに対し、経済面のみならず環境面や社会面の座標軸を含み込むより包括的な土俵が提示された意義は大きい。当初は、MDGsがSDGsに吸収され弱められてしまうといった反応が出ていたのだが、先進国サイドではなくコロンビアなどの周辺的な途上国サイドからのリードで進んだことは注目に値する。
20年前の地球サミットや10年前のヨハネスブルグ環境・開発サミットでは、カナダや欧州などのリーダーシップが目立ったのだが、リオ+20では世界の中心軸が明らかに移行しつつある現実が現れていた。かつての発展の矛盾をそのまま後追いするのではない、新しいビジョンを形成する道筋を、どこのどんな国々と人々がリードしていくのだろうか。南北対立を超えるかすかな希望の火がともりはじめたかもしれない。幻想でないことを祈りつつ小さな期待を胸に秘めて、リオ+20の今後を見守っていきたい。
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最後になるが、リオ+20に向けて事前準備した提言(4つの課題)をここに掲載して、本稿を閉じることにしたい。(前文は省略)
八方ふさがりを打開する道 ~日本から発信すべき4つの課題~
社会的歪みの根元には、市場経済の無制限なグローバル競争がある。歪みの一例をあげると、経済拡大を最優先するあまり、法人税の引き下げや所得税最高税率の引き下げ競争が各国で同時進行し、企業サイドの経営力強化がはかられた。その一方では、コスト削減と合理化によって働く人々の賃金低下やストレス増大が広がったのだった。
また、世界中で石油・地下資源などの確保、食料や生物遺伝資源の囲い込みなど、経済的な利害が優先され、それを陰に陽に政治的圧力ときには軍事力の背景が後押しする旧態依然の時代状況が再現しつつあるかにみえる。軋轢という点では、イラクやアフガニスタン、イスラエルなどにおいて、テロリズムや民族対立の温床に火をつけるかのような様相さえ出現させてきた。今後の世界情勢として、有事や戦争を想定するような事態への移行は、人類が築きあげた「民主主義と人権」や「環境と平和」を、内にも外にも消滅させてしまう危惧を感じさせる。極端な言い方をすれば、人を殺すための軍事費は、冷戦体制の消滅後(20年前)に一時的に減少したものが再び増加し始めて、再び年額約1兆ドルを超える規模となっている。本来は人々の命と生活を支援するための政府開発援助(ODA:実際の内容の評価には検討の余地がある)の世界総額に対して、10倍近い規模の軍事費への支出拡大という現実を私たちは真摯に受けとめなければならない。
以下に、リオ+20に期待する優先課題を列記する。
第1の課題は、持続可能な発展を実現させる財政的な基盤として、92年地球サミット当時に期待されていた「平和の配当」という構造転換路線を再来させる必要がある。当時、冷戦終結による軍事費の削減が「平和の配当」として注目され、多額の軍事費を人類の福祉や南北問題、貧困の撲滅、環境問題などにあてる地球市民的な理念と政策展開が期待された。この理念と理想を再び復活させるメッセージを世界に発せられるのは、リオ+20の場において他は無い。年額1兆ドルとは、温暖化対策に必要な途上国への資金(コペンハーゲン合意)の10倍規模、MDGs(国連ミレニアム開発目標)達成に必要な追加資金の20倍規模の金額である。言い換えれば、1/10、1/20で賄えるということである。
とくに国際社会における日本は、戦後の発展を非軍事に基礎をおいて進め(憲法9条)、それなりの成功を収めた経験を持つことから、世界に対して「平和の配当」を率先して提起すべき位置にある。
第2の課題は、1992年地球サミットを契機に築き上げてきた重要な展開を、包括的かつ統合的に再構築する必要がある。双子の条約として理解されるべき2つの国際環境条約や、貧困撲滅をめざすMDGs等の動きなどが、個別ばらばらな取り組みになりがちな状況を打開すべきである。環境・社会・経済の調和的な関係形成を基礎に、環境的適正と社会的公正を実現する「持続可能な発展」の理念を統合的に明示化し、SDGsの目標として提示することが望まれる。とくに日本からの提起としては、従来からの「人間の安全保障」:Human
securityをより拡張、深化させる概念として、SDGsの目標とリンクするような「持続可能な人間安全保障」:Sustainable human securityの考え方を世界に提示し、広く連携強化をはかっていくことが重要である。
第3の課題は、グローバルな持続可能性を実現するための統合的な政策枠組みとして、各国でばらばらな税・財政の仕組みを徐々にグリーン化していく政策展開と目標の提示が求められている。環境的適正の実現のためには、持続可能性の3原則(再生可能資源を再生可能な速度内で利用する、枯渇資源利用の再生可能化ないし置き換えを計っていく、汚染物の放出を浄化範囲内に収める)を尊重することが重要である。たとえば地球の贈り物(悠久の時が産み出した賜物)とでも言うべき資源の利用や、環境汚染・負荷物の排出には、永続性や公平性に配慮した課税制度などを組み込んでいくことが必要である。その際には、統合性とともにそれぞれの地域に引き継がれてきた伝統的英知を積極的に活用することにも留意すべきである。また、社会的公正については、国連人権宣言や国際人権規約を尊重して、人々の自由権とともに生活・雇用・福祉などを満たす社会権の充実のための目標や指標を広く共有していくことが重要である。
第4の課題としては、将来をみすえた巨視的・長期的な視野に立って、社会経済システムの枠組みを調整していく必要がある。すなわち、資源・環境・公正の制約下で持続可能性が確保されるためには、新たな社会経済システムの再編が「3つのセクター」のバランス形成、「公」「共」「私」の社会経済システム(セクター)の混合的・相互共創的な発展形態として展望できると思われる(図)。
過度な成長に頼らない持続可能な社会が安定的に実現するためには、利潤動機に基づく市場経済(私)や政治権力的な統制(公)だけでは十分に展開せず、市民参加型の自治的な協同社会の形成(共)が加わってこそ可能になる。3.11東日本大震災において示されたように人々の絆とコミュニティの力の可能性は、将来的にますます重要性をおびつつある。「共」の領域は、地域(ローカル)レベルの自治・管理から地域再生と福祉基盤の充実をはじめ、農山漁村と都市の交流などの地域間連携、世界レベルでの環境に関わる国境調整、大気、海洋、生物多様性などグローバルコモンズの共有管理に至るまで、市民参加や各種パートナーシップ形成が加わって大きな役割を果たすと期待される。新たな「共」と「公共圏」の形成・発展を、各国レベルそして世界的にも促進・強化していくべきである。
時代は変化しつつある。昨今の世界経済の揺らぎに対し、金融・財政的な調整だけで対応するのか、根本的な経済・社会制度の変革にまで踏み込んで対応するのかが問われている。企業の社会的責任の自覚と普及、通貨・金融取引税や資産課税などの諸規制の強化、社会的・環境的制度見直しなど、各国、世界レベルで今こそ勇気ある取り組みに期待したい。
(修正掲載:「リオ+20」へ向けて、2012年5月、文責:古沢)
*関連情報:グリーンエコノミー・フォーラム参照
+Face Book from Rio+20. FURUSAWA KOYU
http://www.facebook.com/#!/groups/373600206034256/
2012年06月19日
グリーンエコノミーフォーラム・メールニュースvol.1
「Rio+20の会場から」をリリース
http://geforum.net/archives/341